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400 story(01.02)


 人の顔を十人しか覚えることが出来ない。

 軽度の記憶障害を持つ彼女が言う。それ以上になるとすぐに忘れてしまうの、と。少し寂しそうに。

 羊も人間の顔を十人まで覚えることが出来る、賢い動物なんだ。怒っている顔の人には近付かないし、ちゃんと顔を識別するのさ。

 励ましのつもりで話した私を、彼女は怒ったような顔で見つめていた。励ますどころか、余計なお世話だったかもしれない。

 ごめん。謝る私に彼女が一言。

「私、今年厄年なのよね」

 だから、厄落としの祈願、付き合ってよ。

 はにかみ笑う彼女の顔がぼやけ、気付けば彼女の手を握って泣いていた。

 クリスマスの事故から一ヶ月。助からないと言った医者の言葉を覆した君よ。私の元に帰ってきてくれて、ありがとう。

 

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 月を食べた日の夜。太陽が口の中に飛び込んだ。

 ああ、また口の中にあの不快感が広がるのか。そう思う前にやってくるだろう例の感覚が、なかった。

 それどころか、口の中にあるはずの太陽が、消えていた。

 どうしよう。無意識に飲み込んでしまったのか。でも、喉を通るはずの熱さはなかった。でもでも、どうしよう。

 不快感に勝る不安感に襲われて、はたと気付く。飲み込んだのでも消えたのでもなければ。

 自分を落ち着かせるように深呼吸すると、口を窄めて息を吐いた。息は無色から白くなり、やがて朱色から赤みを増したそれは球体を描くと、段々太陽の形に整っていく。

 月がいなくなって寂しかったの。でも、君の中にいた月の一部をもらったから、もう寂しくないよ。

 熱の赤に白く輝く結晶を纏った太陽は、空へとゆっくり、嬉しそうに昇っていった。